Werther_is_kyokon’s blog

R18となっております

獅子身中の虫

まず初めに、私は右翼ではない。愛国心の欠片もない。かといって、人種差別主義者でもない。以下の話は全て「紀行文」である。

 

2019年初春、私は色々あってアメリカって国に行ったんですね、アメリカ。友人はてっきり数日旅行にでも行くのかと思ってたのか、「何泊?」なんて聞いてくるものですから、「60泊61日のご予定でございます♡」って返したら何言ってんだコイツって顔されましたね、まぁそれはいい。

 

アメリカって本当にアタマのネジが飛んでるバカが本当に多いんですよね、スーパーに行っても釣りの計算まともに出来ない奴とか、掛け算の六の段すらマトモに言えない奴とか、挙句の果てに100ドル札に描いてある人すら知らないってレベルの人間すら散見されました、もうね、こんな国にご先祖さま負けたんかって一度は思いますよ、マクドナルドに行けばニッコニコした石塚英彦アメリカver.みたいなのが片手にコーラ(無論L)片手に理論値のハンバーガー(肉を最大まで増してその間にチーズを挟めるだけ挟んだ感じの奴)を食ってるんすわ、私はそれを見ながら1ドルで飲み放題の飲み物を飲んで何時間も粘ってるワケです。なるほど、俺は所詮イエローモンキーなんだなと、奴らから見たら乞食同然なんだろうなと、その時思わされるワケです。

 

また、何日も過ごしてると、たまーに差別って言うか、「これ完全に俺の事バカにしてるよな」って輩にも出くわすんですね、目を釣り上げてこっちに向かってくるガキとか、エスパニョール圏の奴らにチノ(中国野郎的な意味らしいが俺はてっきり某日常系アニメの白髪のガキを連想してしまった)って言われたり、バス停で俺一人待ってたら露骨にスルーされたりと、まぁ特に殴られたとか脅されたとかそういう経験は無いのですが、「あー、これが差別なのかー」程度のシロモノは体験させて頂きました、それもタダで(多分日本で体験しようとしたら結構な金かかると思う)。ぶっちゃけた話、陰湿な日本人の差別っつうか虐めっつうかそういう系の”かわいがり”の方がよっぽど糞of糞なんですが、私は残念ながらこういう事されたら何かしら一矢報いる人なので、何かやってやろうと、何かやってアメ公共に一泡吹かせてやろうと、そう心に誓うんですね、それが今回のお話

 

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「気づいたら、腹に違和感があったんです。」

 

帰国後私はあの時の事をこう回想する。

 

「友人を空港に送った後に、人間なら誰もが経験するであろう”絶望ーthe pain of despairー”が腹に来たんです。それもあの時は5段階中の4.5からのスタートでした。」

 

因みに、5段階とは私の中での便意の強さを示す。基本的に、4を超えたら頭の中の思考回路は「うんこ」一色に染まる。4.5を越えようものなら、知能指数が一気に跳ね上がる。本能とは人間の潜在能力を引き出すのだ。

 

「空港で見つけた便所に私は飛び込みました。一瞬が永遠に感じられました。鍵を閉める瞬間、上着を掛ける瞬間、ズボンを下ろす瞬間、ケツを下ろす瞬間。一つ一つが永遠に感じられました。」

 

「そこからは本能のまま。無我夢中に大腸の指示に従ってた迄です。」

 

そしてこの時、外に人間の気配を感じる。アメリカの個室は日本とは違って扉の下の部分が切り取られているため、外に人がいれば直ぐに分かる。ここで私は起死回生70年越しの”no more the Hiroshima”レベルのパルチザンを思いついてしまった。

 

「ブバババババババ、

 

 

ビーーーーー。」

 

容赦の無い放屁を放つ。その音ははまるで沖縄、サイパン、ガナルカナルでの機関銃のそれを連想させる。

 

「ブッ、ブブブブッ、ボボボボ。」

 

機関銃の音と共に繰り出されるのは、無慈悲の爆弾。嘗てインドシナ半島に落とした枯葉剤の如く、辺り一面を破壊する。

 

「ンンンンンァァァァァァアアアア。」

 

勝者故の咆哮をあげる。今から70余年前、彼らもまたこの声をあげたことだろう。

 

「フンンンンンンッッッッッッ!!!       ブッ。」

 

一瞬の静寂と共に再びの放屁が放たれる。日ノ本京王線新宿駅公衆便所で鍛えられたその音は彼らの心を挫くには十分であった。その表情はまるで鎌倉かどこかの阿吽像のそれに近い。丁度、クリントンの嫁が昔”ひめゆりの塔”を訪れた時の顔に近かった。

 

『ohhh my god』

 

聞くに耐えない重低音に、百戦錬磨の米兵も音を上げる。それもそのハズ。この「原子爆弾」は昨日食ったマクドナルドとケンタッキーフライドチキンで出来ている。お前のソウルフードで、お前は敗れるのだ。

 

「Sounds good?」

 

私も優しく声をかける。壁一枚隔たれた先からの声に彼らは何を感じただろう。届きそうで届かない、そんな絶妙な距離感を醸す扉は、全人類への何かのメッセージにさえ思えた。

 

『no(ノーーーー)』

 

遂に彼らは降伏した。モノづくり大国である我が国は、どうやら排泄物の”作り”も一流らしい。ブツを流すと、「詰まる未来が容易に想像できる音」が聞こえた。

 

扉を開けた。彼らと目が合う。その表情は微笑みに満ちていた。これもまた、世界平和を目指す人類への何かのメッセージなのかも知れない。

 

俺は今成田にいる。「故郷の土を踏む」とはよく言ったものだが、そんな大層な感じはしない。寧ろ、「これからクソジャップと関わらなきゃいけねぇのか(私は日本人の気質がどうも合わないのではないかとさえ思い始めていた)」と憂鬱にさえなった。Twitterには、この時期海外に行ったと思われる頭の悪そうなクソ共(あーいう人間はほぼほぼ100%大麻を吸った事を自慢してくる)が、海外を知った気になって「日本のここがダメ」とか何とか言っている。俺が嫌いな日本人ってのはああいう人間を指す。私が得た教訓を言おう、馬鹿な人間はどこに行っても相手にされない。アメリカだろうが、日本だろうが、地球の反対だろうが、馬鹿な人間と分かっただけで寄ってくるのは同じく「馬鹿」だけだ。何れにせよ、外国人はオープンだとか、外国人はコミュ力があるとか、日本人はダサいとか、そういう訳の分からない事よりも、私が得た教訓というのがマトモである事を願って止まない。

 

(完)