Werther_is_kyokon’s blog

R18となっております

いんきゃ、ようきゃとは何か

時に醜いネット民のみならず、ガチなリアルの人間との間ですら、こんな決まり文句がある。

 

「あいつインキャだから」

 

インキャ、「陰」の「キャラ」で陰キャラ、なるほど、大した蔑視用語だ。この情報化社会に於いて、陰キャラという烙印を押された暁には「ねぇ、〜って陰キャラなんでしょ?」とか「陰キャラマジきもw」と健常者共に後ろ指を指され、これまた健常者の勝手に作り上げた”すくぅるかぁすと”という名の謎の身分制社会で不可触民、現代のダリトハリジャンとなってしまうだろう。しかし私は、今回この「陰キャラ」の定義についてもう一度考察していきたい。何故なら、「陰キャラ」の烙印を押すのは何処ぞの公式な陰陽判定士でも学校の先生でもなく、あくまでも「独断と偏見だらけの若造」だからだ。彼ら彼女らが、本当に公平性をもって我々を判別するのか、私は疑問に思った次第なのである。

 

まず陰キャラとは何か、そこから議論は始まる。残念な事に広辞苑様には陰キャラなどという単語は記載されていなかったのでGoogleで調べて見るとしよう。

 

インキャラとは、陰気なキャラ(性格)の人のこと。陰キャラ・インキャとも。スクールカーストでは下位に属し、ともすればいじめ(ネットいじめ)の対象になりうる。対義語として陽キャラという言葉も定着している(Wikipediaより)。

 

中々の言われようである。なるほど、これは最早現代の死刑宣告、我々の世界でいう「こいつ和式でうんこできないらしいよ」に近い。

 

しかし、ここで私は1つの疑問を抱いた。人間とは人によって態度を変える生き物である。例えば、目の前に嫌いな奴がいたとしよう。具体例を挙げれば坂上忍上西小百合、その辺の人間である。今貴方は坂上忍上西小百合と飲み屋で同卓しているとする。果たして、貴方は坂上忍上西小百合の最強ペアと積極的に会話をしようと思うだろうか。紛れもなくその答えは「極力話さないようにする」であろう。中には露骨に嫌な顔をして一言も言葉を発さずに終始ケータイを弄っている人種もいるかもしれない(因みに私はこの部類です)。私が何を言いたいか、それは「人間とは嫌いな奴がいれば言葉を発さなくなる」という普遍的な事実である。

 

逆に、目の前に超絶”よきかな”な人間がいたとしよう。具体的に言えば自分に好意を抱いてくれてる美少女とか、仲の良い幼なじみとか、そういう人達を連想して頂ければ結構だ。もっと言うと貴方が普段オナペットにしてる異性が何らかのバグで貴方に超絶好意を抱いてるとしよう。どうだろう、どんなに口数の少ない人間でも話すに違いない。他愛もない話、将来のこと、ちんこの形、何を話すかは知らないが兎に角終始顰めっ面をしてスマホを弄るということはまずしない。

 

勘のいい皆様の事だから、私が何を言いたいかそろそろ気付く頃だろう、

 

いいかそこの自称陰陽判定野郎、てめぇな、マジで魅力がねぇんだよ、偉っそうに人様の事知った面して、何様か???俺がお前の前で喋んねぇのはお前が嫌いだからに他ならねぇんだよ😄😄😄😄😄😄😄😄😄😄💩💩💩😄😄😄💩😤🧠🧠🧠🧠🧠🧠🧠🧠🧠

 

どうだろう、君たちの身近にもこの「陰陽判定士」はいないだろうか。偉そうに人材派遣会社のお偉いさんにでもなったかのような面で人様の事をあれこれ言って調子に乗ってる絵面を見たことはないだろうか。そしてその人に対して魅力を感じただろうか。

 

私は無い。そして思う。「こういう奴こそ”インキャ”である」と。

俺が中高時代に入ってた部活について話す時が来たみたいだな(前編)

※これからここに記す事は完全なノンフィクションである。一切の脚色、一切の紛いの類はない。それを前提に読み進めて欲しい。

 

中高時代の話をしよう。

 

この極東の島国で中学、高校を過ごそうものなら、我々は謎のコミュニティにぶち込まれるのは皆さん知っての事だろう。私もその例外ではなかった。””部活””という監獄にぶち込まれる日本の中高生は、この世の理不尽という理不尽を一つ年上ってだけの人間に教えこまれ、年功序列社会の闇を垣間見るのである。

 

やや脚色が過ぎる様に思えるこの文言、当時中学校1年生の私は本気でこれを想像していた。部活とは理不尽の権化であり、拷問紛いのことをされられると、本気で信じていた。

 

仮入部の時になった。ある者は水泳部、ある者はバスケ部と、皆思い思いに希望する部活に所属し、汗を流す中、当の俺は「帰宅部」という超絶ゆとりな部活に所属していた。

 

1ヶ月後、私の常識を遥かに上回るとんでもない部活が出現した。その部活は、運動部であるにも関わらず、顧問が体重80キロ超え、指導経験無し、筋トレ無し、試合無し、という前代未聞の好物件であった。私はすぐさま興味本位にその部活の練習に一日だけ参加してみた(その部活は緩すぎるが故に一人ぐらい増えてても全く問題ないのである)。部活が終わるころには私はこの部活に入る決心をしていた。私が選んだ部活はバドミントン部であった。

 

驚くべきことに、その部活に入るには特別な書類も顧問の印鑑も必要なかった。ただ月曜日と木曜日に体育館に来て「何か」をしていればよかったのである。入部当初の私はラケット自体も持っていなかったが、適当に階段を上っているフリさえしていれば自然とバドミントン部の人間として認識されていったのである。これぞ私の思い描いていた”部活”像であった。黄金郷ともいえるこの部活に入って数か月も経つと、面倒になった部員諸君がサボり始めるのである。普段廊下ですれ違った部員とかわす言葉は「今週部活行く?」であった。(後に四年間部活をサボり続けて、高1になって急に”部員”を名乗り始めた猛者さえ現れた)やがて夏休みに入ろうとする季節になると、ほかの部活に入っている友人は頻りに合宿のはなしをするようになった。しかし顧問から言われた言葉は「うちは合宿をしません」であった。ほかの部員はその時ばかりは残念がっていたが、当の私は流石バドミントン部だと感心したのを覚えている。更に、顧問から渡された夏休みの活動日は僅か三日という内容で最早笑う他なかった。

 

そんなこんなのバドミントン部では普段どんな練習をしていると思うだろうか、そこはバドミントン部と銘打ってる手前、バドミントンをすると考えるのが本来の解であろう。無論、バドミントンをしているといえばしているのだが、我がバドミントン部には一つ深刻な問題があった。同じ体育館で練習をしているバスケ部やバレー部の存在である。中でも、バスケ部は一際厳しいことで知られていて、なぜか部員は大半が坊主頭で顧問が怒鳴り散らしている、まるで少林寺を彷彿とされる部活であった。彼等と同じ活動日になってしまった暁には体育館を半分にして活動させられる事を強いられた。そうなると当然下級生はバドミントンなんぞできる場所など無い。こういう時は下級生という物体は筋トレや自主トレに専念すべきらしいのだが、残念な事にバドミントン部には「筋トレ」という概念はない。俺たちがやっていたこと、それは”永遠に駄弁る”であった。下級生の間はラケットを振るよりおしゃべりに花を咲かせていた記憶しかない。こうなってくるとバドミントン部とは最早名ばかりで、実態は社会不適合のサロンへと成れ果てたのであった。

 

その話をどこからか聞きつけたほかの部活に所属している炙れもの達は、次第にバドミントン部に流れ始めた。まるで自由の国を目指す1930年代の移民である。彼らのような流浪の民をバドミントン部は拒むことなく受け入れていった。こうしていくうちに上級生になった。「俺たちはいつ引退するのか」「俺たちはもう”引退”している」「うちに引退は存在しない」—謎の哲学さえ囁かれた。すると突然、ある者が突拍子もなくこんなことを言いだした。

ーーー”””””試合に出たい”””ーーー

これには保守派とリベラル派で様々な意見が飛び交ったが、最終的に「出たい奴だけ出ればいいんじゃないか」という結論に至った。

 

ここらで一旦終わります。今回は淡々と事実を述べてるだけなので大した話は出来なかったかも知れないが勘弁して欲しいところである。

 

根性論の果てに得た教訓

以前ツイートした内容と被るが少々大目に見て欲しい。

 

小学校一年生、今から15年前の事だ。

 

当時のブームといえばポケモン。とち狂ったようにゆとりのカリキュラムに毒されたガキどもは縦10センチ横15センチ程度の画面を見つめ、草むらを駆け巡り、洞窟を抜け、ポケモンマスターへの道を進まんとしていた。ポケモンが強い奴はあの時からその片鱗が窺われた「スクールカースト」という世界で上位に立てたように思えた。ガキは皆「スクールカースト」の上位に立たんと学校が終わればポケモンに熱中し、明くる日もポケモンに明け暮れた。

 

私もその例外ではなかった。私もまた、ポケモンに魅せられた少年の1人だった。電源をつけて、画面が点灯し、自分の思うがままに主人公を動かせた時は心踊った。オダマキ博士とかいうホモ臭い中年のオッさんが狂犬病っぽい野犬に追っかけられてる様を見た時は引き返そうとしたが引き返せなくてブチ切れた事以外は何もかもが感動的だった。みず、くさ、ほのお、「草は弱そう、火は水に弱い、だから水が最強」と強ち間違ってもない理論でミズゴロウを選び、俺は冒険に出た。

 

それから暫く経って、どっかで凄まじく魅力的なポケモンに俺は出会った。「ワンリキー」というポケモンである。筋骨隆々なその姿は当時ひ弱な俺に強く印象付けた。

ワンリキーの カラテチョップ!]

脳に電流が走った。筋骨隆々な”ワンリキー”が「空手チョップ」をする絵面を思い浮かべた。

 

どんなに うんどうを しても いたくならない とくべつな きんにくを もつ ポケモン。おとな 100にんを なげとばす パワー。

 

図鑑にはこう書かれていた。

 

ほう、

 

そんな筋肉バカが空手チョップなんてしたら

 

「最強」

 

じゃないか。

 

齢6歳にしてこの世の真理に気づく。力=強さという太古から変わらぬ方程式。力とは、即ち筋肉。当時、テレビではボブ=サップという2メートルの化け物がリングの上で”にんげん”を殴っていた。俺はボブ=サップに憧れた。「力が欲しい」。その衝動はワンリキーという”力のイデア”と出会う事でより強くなった。ワンリキーが欲しい。それは最早必然であった。

 

程なくして、同級生のコウヘイ君からワンリキーLv18を交換で手に入れた。確かミズゴロウLv13と交換した気がする。今考えると、本当にコウヘイ君はクズだなと思う。しかし当時の私は大変ご満悦だった。ミズゴロウよりレベルが高いワンリキーを俺は手に入れたんだと、しかもカラテチョップも覚えてるぞと、本当に満足していた。

 

カラテチョップをしまくっていると、ある異変に気づく。いつもよりダメージが多い時があった。所謂急所に当たった、って奴だ。しかし悲しいことに、当時の俺は「きゅうしょ」を知らなかった。なんかしらないけどたくさんダメージをあたえてる、程度の印象だったのだろう、そこから俺はある恐ろしい仮説を立てた。

 

これって ワンリキーが カラテチョップ を がんばったからじゃね?

 

現代風に言えばthe 根性論 である。カラテチョップをしまくった→拳の強化に成功→ダメージが増えた、昭和のジジイもビックリの根性論だった。

 

それからというもの、俺とワンリキーの修行が始まった。洞窟にこもり、「カラテチョップに適した」ポケモンを片っ端からカラテチョップしまくったのである。大山倍達もビックリの三倍努力。”イシツブテ”を砕き、同族の”ワンリキー”も拳でねじ伏せ、”ノズパス”とかいういかにも硬そうなバケモンも粉砕した。PPがなくなり、ポケモンセンターで回復する頃には俺のワンリキーは篭っていた洞窟内のポケモンを一撃で沈める拳を持ち、その様たるや達人の風格をも漂わせていた。これを毎日、欠かすことなく繰り返した。

 

数ヶ月後、”ワンリキー”は”ゴーリキー”に進化し、コウヘイくんに教えられて通信交換で”カイリキー”という腕が4本のシヴァ神の様なバケモンに進化していた。見事な広背筋と上腕二頭筋を兼ね備えていた。こいつの「カラテチョップ」は最早師範代である。数ヶ月洞窟に篭もり「カラテチョップ」だけを極めた達人。俺は満を持して洞窟を後にした。この時、カイリキーのレベルは既に40を超えていた気がする。何故か言うことを聞かない時があったがそんなの気合で何とかした。俺とカイリキーの絆は強かった。

 

船に乗り、キンセツシティというジムに道場破り込みに行った。途中ミチル?という名のガキが喧嘩を売ってきたが持ち前の「カラテチョップ」で蹴散らした。ラルトスとかいう、いかにも弱そうなポケモンを出して来た。アホなのか?俺はこんな雑魚を相手にする為に洞窟に篭っていたわけじゃない。空手道を極める為にイシツブテを、同士を、ノズパスを、自らの手で殺めて来たのだ。

 

そうこうしてるうちに、「ジムリーダー」を名乗るジジイが勝負を仕掛けて来た。が、程なくして俺は絶望した。磁石に目のついたガラクタと、モンスターボールと、さっきの磁石を3つくっつけた20レベのポケモンしかもっていなかった。当時、俺はタイプの相性という概念がなかったが、コイツらは”カラテチョップ”が効きそうなポケモンであることを直感で悟った。そこからはあまりにも一方的な試合だった。カイリキーがカラテチョップをして、相手を一撃で沈めるだけの試合。カイリキーは強くなりすぎたのだ。この時の俺はあまりの己の強さに退屈を覚えた記憶がある。「おれはつよくなりすぎた」、小一にしてこの言葉を発したのは世界で恐らく俺だけだったであろう。あの日から俺は”ポケモントレーナー”になることをやめた。

 

その後も、一応ストーリーは進めた。ゴーストタイプも、「みやぶる」をすればカラテチョップは当たった。カゲボウズだろうとサマヨールだろうと、俺のカイリキーの前では塵芥に等しかった。気づけば俺はチャンピオンロードを抜け、チャンピオンを名乗る男に勝負を挑まれていた。その道中、悪そうなモヒカンはカラテチョップで沈め、その次の女はこれまでの経験からみやぶる→カラテチョップで粉砕し、3人目のオカマもカラテチョップで殴った。4人目は特に覚えていない。

 

結論から言えば、勝負は一瞬で終わった。”チャンピオン”のポケモンは、「カイリキーLv80のカラテチョップ」で跡形もなく沈んだ。そこに残ったものは虚無感と、強くなりすぎた己への絶望感だった。『ポケモンつまんないや』これが殿堂入りした瞬間の僕の言葉だった。

 

カイリキーLv82 ジグザグマLv12

殿堂入りおめでとう!

 

この画面を最後に、「新しいチャンピオン」は生まれた。当初の純粋な迄の力への憧れと大いなる期待は、己への絶望と強者故の退屈へと変わったのだ。それは、テレビで見た”にんげん”を倒した瞬間のボブサップ歓喜に満ち溢れた表情とは全く違うものだった。

 

あのシヴァ神の様なバケモンは、俺の”夢”を壊したのだ。

(完)

恥の多い人生を送ってきました

(歩きながらこの記事を書いたので適当な文章が続きます。予めご了承下さい)

 

現代社会は一言で言えば「ストレス社会」であろう。

 

現代人は日々ストレスを抱え、悩み、据(しがらみ)のなかを生きている。

 

私だって例外ではない。朝早く起きて理不尽な満員電車に乗り、何時間もかけてクソみたいなFラン大学に通い、メスからゴミを見る様な目で見られ、満員の大便器の前で「早く出ろやボケェェェェ!!!!」と叫ぶ毎日である。

 

諸君にもストレス発散法があるだろう。寝る、ギャンブルをする、カラオケに行く、お風呂に入る、その方法は多岐に及ぶかも知れない。

 

俺の嘗てのストレス解消法を教えよう。今俺は秋葉原駅にいる。

 

ここ秋葉原は全国有数のオタク文化の中心地であり、行き交う人はオタク、オタク、オタクである。瞳孔の開いた目に眼鏡をかけ、チェック柄の服とパンッパンに詰まったリュックを背負う”オタク像”に近ければ近いほどここでは偉い。目当ての店に脇目も触れずに闊歩するその姿に人々は平伏す。

 

まず俺は酒を買う。500mlのストロングゼロ、オタクの知る最強の酒。アル中御用達。

 

ストロングゼロ片手に秋葉原の街を練り歩き、適当なゲームセンターに入る。

 

お目当てのゲームは湾岸ミッドナイト。隣で楽しそうにプレイしてる高校生の集団を尻目に俺は100円を入れた。そして選択画面で勢い良くアクセルを踏む。ー乱入モードー

 

私はすぐさまストロングゼロを飲み干し、缶を高校生に見えるように台に叩きつける。そして叫ぶ。「ぅぉらぁぁぁぁあ!!!」

 

固まる高校生、一気に地獄絵図へと化す。ゲームが始まった。私のメルセデス・ベンツはギア1に設定して首都高を80キロで走る。正に安全運転のお手本だ。飲酒をしていることを除いて。

 

対する高校生は戸惑いながらも首都高を爆走する。こちらを見ながらヒソヒソ何やら俺の事を話しているように見えた。確実に俺の悪口を言っている。

 

ここで勝負に出る私。ハンドルを叩く。

「クソがッッッ!!!!安全運転ヮラ!!!」

 

見事な台パン。半径3mが一気に凍りつく。健常者だけに備わっている「絶対に関わっちゃいけない人」センサーが発動する。ここで健常者がとる行動はひとつ。”極力対象を刺激しないようにその場を離れる”だ。

 

高校生集団は全速力で首都高を走り終え、リザルト画面で貧乏揺すりよろしくアクセルを連打し、そそくさと去っていった。普通に強かった。(断っておくがこれは嘗て狂っていた頃の俺がやっていた事である。週2で高尾山に登り、クリスマスには半裸でダンベル片手に渋谷で「クソがっっっっっ!!!!!!!」と叫んでいた頃の俺である。今の俺は立派に社会復帰をしている)

 

次に俺が向かうのはそのゲーセンの裏にある通りだ。この通りはメイド喫茶が乱立しており、日夜メイド服や制服、何をトチ狂ったのか忍者の格好をした姉ちゃんまでもが行き交うオタクに黄色い声を掛けて客引きをしている。(ひとつ補足しておくと、気持ち悪いオタクが良くメイドを口説いているのだが、それが物凄い気持ち悪いので一見の価値がある、とだけ言っておきたい)

 

次のターゲットはこの姉ちゃんである。この通りを歩けばまず俺のようなオタク面、オタクスタイル、オタク臭、見事にオタクライズされた野郎は間違いなく声を掛けられる。そこを狙う。

 

👱‍♀️「メイドカフェのご利用いかがですか〜❤」

 

かかった。

 

「大丈夫で〜す❤」

 

👱‍♀️「え?」

 

呆気に取られるアラサー女。素が出ている。私がここでする事、それは『メイドの声よりも高い声で客引きをあしらう』というものだった。私の猛攻は止まらない。

 

👱‍♀️「おにーさんどこから来たの?」

 

🙃「火星から〜❤」

 

彼女たちはこの時何を思っただろうか。単純にメイドカフェより精神科の方を紹介しようとしただろう。半年以上髪を切ることなく放置したボサボサの頭、崩壊した顔面、5頭身の短足から繰り出されるありえない高音に彼女たちは翻弄され続けた。

 

字面だと伝わりにくいかもしれないが、この”メイドで遊ぼ♪”(勝手に命名していた)はかなり楽しい。彼女達のプロ根性と通り過がりの知的障害者俺、がプライドをかけたバチバチの勝負をするのである。何回もやってると彼女達も免疫がついて、「あ、また来てくれたんだ〜❤」等と言ってくる。本当に、大したプロ意識だと思わされる。彼女達の力でここ秋葉原の経済は潤っているのだ。いわば彼女達はアキバの歯車。”要”だ。(何度も言っておくがこれは”嘗ての”私がやっていた事で、今の私はこんな大それた恥ずべき真似はしないのでそこは何卒ご了承頂きたく思う次第であります)

 

さて、これで終わるかと言われればそうではない。まだやるべき事がある。私はメイド通りから秋葉原のメインストリートまで走り抜け、エスカレーターを全力で上がりソプマップ5階に辿り着く。エロゲコーナーである。

 

ソプマップ5階と言えばエロゲーの”権威”である。野球でいえば甲子園、学問でいえば東大、エロゲーがこの「ソプマップ秋葉原店の5階」なのだ。

 

「シュッ!!!www」私は5階にだけかかっているR18と書かれた暖簾を効果音を付けて捲る。店内の客が一斉にこちらを向く。ここでこちらを向くようでは二流、雑魚だ。大学生と思しき新米兵2人組は人をバカにする感じの悪い笑い方をしてこちらを見ていた。馬鹿め、ターゲットはお前だよ。

 

私は新米兵2人組に近づく。そして話しかけた。

 

「このコーナーって本当に色々なゲームが取り揃えてあって素晴らしいですよね」

 

抑揚のないオタク特有の早口を浴びせる。ここは秋葉原、この話し方が強者の証なのだ。

 

「そう、、、ですね、、、」

 

新米兵の1匹が困りながら言葉を返す。私はもう止まらない。

 

「私はこのグリザイアシリーズが本当に好きでして、キャラのデフォルメ、デザイン、脚本、何をとっても一流と言わざるを得ないんですよwwwははっwww」

 

もう相手は困り果てていた。見た事もない敵が目の前にいるのだ。2人組は去っていった。それを日常のように店員は笑顔で眺めていたのが印象的だった。

 

2人組が帰った後も私はエロゲーコーナーを練り歩く。「うわぁ、このシリーズ新作出たんだぁ」「この主題歌やっべぇwww」「うっわぁ〜すっげー」なるべく高い声で、少年のように声を出す。本当はエロゲーなど金の無駄だと思っているのだが、エロゲーこそ我が人生、生きる糧、みたいなオタクを演じる。俺の撒いた餌にかかるまで俺はただ待つ。

 

エロゲー好きなんですか?」

 

釣れた。大物だ。

 

「そうですね、初めて、、5年くらいになるんですけど、もうかれこれ50本以上はやってるんじゃないですかね〜」

 

先程の新米兵とは比べ物にならないオタクライズされたオタク。いわばこの街の頂点。ドンof theドン。それが釣れた。

 

「そうなんですか、私はもうWindowsの初めの頃の時代からやってるんでwww数えきれないほどやってるんですけど(謎のイキリが入った)、どんなシリーズがお好きなんですか?」

 

「グリザイアです。(知ってるエロゲーがこれしかない。)」

 

「そうですか!!!グリザイアと言えば〜dj*kakbse)dksiebr@klzzndbr_wh@8e8oo...」

 

ここから先はマジで意味不明だった。にわかと本物、この格の差を知った。キメェ。シンプルにキメェ。

 

「よろしかったらこれ僕のTwitterのアカウントなんですけど、良かったらフォローしといてください」

 

そう言ってドンは俺にTwitterのアカウント画面を見せてきた。アイコンに幼女の顔面に精液がぶっかけられていた絵が挿入されていた。BIOには「ロリが好きです!」とハッキリと銘記されていた。キモい。キモすぎる。俺が過去に会ってきた誰よりキモい。何故こいつは隠す事なくこんな醜態を見ず知らずの人間に晒せるのだろうか。俺はわからなかった。人類はここまでキモくなれるのか。この時また1つ俺は人類の可能性を知った。私は笑顔で立ち去り、通報画面を押した。

 

3度目だが、この一連の行為は私が全力で頭がイカれてた時代にやっていた事である。今はそのゲーセンで大人しく音ゲーをして、メイドには顔を覚えられたまま「ありがとう」と手を振り、ソプマップには二度と立ち入っていない。

私は社会復帰をしたのだ。

 

P. S さっきソプマップ5階に行ったらドンがいて慌てて逃げた。俺はいつまでもここでは新米兵だ。

 

(完)

鬼に金棒 俺に精力剤(前編)

突然ですが本格的に餓死しそうなのでアフィリエイトでおまんまを食べようと思います。何を紹介するのか、少し考えましたが本能的にこういう系のジャンルが‘‘ふさわしい‘‘だろうという結論に至りこの商品を紹介する次第であります。

インターネットモール通販ランキング第一位男性サプリ

「いつまでも強い男でいたいあなたに」などと銘打っておりますが、残念なことにワタクシは下半身にお悩みどころか自信しかないんですね、伊達に下半身のグレイシー一族と言われていない訳です。桜庭だろうがヒョードルだろうがICHIGEKI☆必殺であります。もう頭の中は常にEROでいっぱいであり、股間は常に臨戦態勢。その様たるやアングロ=サクソンやネグロイドが恐れおののくばかりではなく、同じモンゴロイドからも「モンゴロイドの奇跡」と言われるばかりであります。

さて、ここに一つの疑問が生じる訳です。

 

「もし下半身に自信しかない人間が下半身にお悩みの方向けのサプリメンツを飲んだら果たしてどんな天災が起こるのか」

 

これをテーマに人体実験をしていきたいと思う。(因みにこれはノンフィクションであり、完全無欠のDocumentaryである。また、感想は個人の見解であり、品質を100%保証するものではありません。「私だから」出来たことです。)

 

手元にはサンプルがある訳です。面倒くさいので全部飲みました。「なるほどこれが噂のちんぽが最強になるサプリメンツか」と、「尿結石みたいな色してんな」と、飲む前からワクワクを隠し切れない私であります。とりあえず何もすることがないのでシコでもするかと思うわけですね、飲んだばっかりだから効き目なんてある訳がないのですが、効果が表れる前と後でどんな違いがあるのか調べる必要がありますから、そこはしっかりしなきゃいけないのであります。

射精(一回目)。いつも通りの、何百、何千と経験した快感が全身を駆け巡る。これだよこれ、こーれが良くて俺様は生きているわけヨ、これがなかったら俺は生きてイケネエyお、と毎度のことながら感動する訳であります。しばらくして、そうですね、15分くらいでしょうか、普通に「あ、これいけるな」と己の男根と対話をしてラウンド2を開始いたしました。サプリメンツの影響ではありません。私が強すぎるのです。ニセコイの小野寺小崎をオカズに扱くこと8分、またしても私の遺伝子を持った何億もの行き場のない子種が無慈悲な特攻を強いられたのであります(二回目)。

 

短期間に二回も射精したので流石に飽きたんでしょうか、私は漫画を読み始めました。

ToLOVEる”である。結城リト君みたいなハーレム生活がしたいなぁとか、金色のヤミに踏まれたいなぁ、などと妄想していると、何故か体の内側からエナジーが満ち溢れて参りました。

文字通りの

 

勃  起

 

であります。

股間は隆起し、汗が迸りました。例えるなら、そうですね、顔をとっかえられた直後のアンパンマンとでも言っておきましょうか、正しく「元気100倍」なのであります。一回目の射精から僅か45分で、私はもう3度目の自慰行為を始めていました。しかし、しかしであります、私はいつもの”a 自慰”と今回の”the 自慰”に幾許かの違いを感じたのでありました。

 

「硬くないか?オイ」

そうなのです、いつもの勃起とは比べ物にならないほど、その時の私の男根は硬かったのです。その硬さたるや、広大な巌もさえ一突きで穿つような、そんな力強ささえ感じ取れました。何が違うって”しなり”がもう違うんですね、しなりがエグいんです。カジキに引っ張られてる竿を180度回転させたものをご想像下さい。正しくアレになっていた訳であります。

 

射精(三回目)

とてつもない勢いで子種が飛び出て来ました。流石は巌をも穿つ海綿体の中を潜ってきただけあって、精鋭の子種が特攻を仕掛けてきたのであります。流石の私も思わず敬礼せずにはいられないものでありました。アーメン。あまりの勢いの良さに、私は理解するまで数秒の時間を要しました。(何故私の子種が顎についているのだァ?) ー人間というのは、何百回何千回と経験してきた事がある日突然違うと、途端に戸惑ってしまうのです。いつもなら臍の下に溜まるはずのイカ臭いカルピスもどきの液体が、とてつもない勢いで私の顔面目掛けて飛んできたのでありますから、無理もありません。ここに薬の効果が果てしないものである事に気づき始めた訳であります。人類の無限の可能性を感じながら、また人類の「恐ろしさ」を感じながら、私は子種を拭き取って行ったのであります。

 

まぁ、1時間に3回もfinishしたら疲れたんでちょっと横になったんですね、「ちょっと寝て、またシコるか」と軽い気持ちでうつ伏せに寝た訳です。眠りに就くこと数十分、私は謎の痛みに襲われて目覚めるのであります。

 

(ちんこが痛い)

寝る時、私はいつもうつ伏せで寝る癖があるんですね、その癖が仇となりました。薬の効き目が強すぎて、謎の勃起が起こったのです。寝ていたのに、ムスコが臨戦態勢になったのです。痛い。何が起こったかと言うと、私の全体重が股間にのしかかったのであります。痛い。いやー、流石にヒヤヒヤしました。もう折れるんじゃないかと、もう俺は子種を出せなくなるんじゃないかと、マジで冷や汗をかいたのであります。ハンパねぇなオイ。痛い。痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いITAIIIIIIIII!!!

ここで私の脳みそに天才的な閃きが起こったのであります。嘗て人類が文明を創ったように、嘗て古代の賢人が文字を発明したように、はたまたインドのどっかの人間が「ゼロ」の概念を発見したように、それは人類に於ける「必然」だったのかも知れません。

 

(床オナをしてみたい)

柔らかいマットの上や生理用品を穿いた状態で床オナをしたら一体どうなっちゃうのだろうと、一体どんな衝撃が脳に走るのかと、私の天才的な右脳君がちんこと会話を開始したんですね、ちんこくんは嫌がっています。「そんなことしたら俺が折れる、やめろ、やめてくれ」と、全力でJ(自慰)アラートを鳴らすのであります。程なくして、床オナを決行するに至りました。ちんこくんは結局腹を括ったようです。

決死の者だけが成せる、魂をかけた一発、マットの上に跨り、床オナを開始する次第であります。

 

「ナルホドっ!!!コレがそうかっ!!!人類は!!!ここまで進化していたかァァァァァ!!!!」

 

謎の自問自答が始まる。文字通りの”this is it”である。我が海綿体は、重さ61キロの圧力と生理用品に挟まれて何を思っただろう。ただ一言、”バチクソ気持ちいいなオイ”と思ったに違いない。この時、もし母親が俺の部屋に入ってきたら何を思っただろうか。痛い思いをして産んだ子供が生理用品を履き、うつ伏せになりながら「this is it!!!」とブツブツ呟きビンッビンに張り詰めた男根を床に擦りつけている、俺だったら何も言わず精神科を紹介すると思う。それくらい私の脳はショートしていた。

 

射精(四回目)

普段射精する量の1.2倍ほどの子種が溢れる。ちんこは5ピクを達成した。疲れた。老いを感じる。「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」という言葉がある。私の男根はいつしか消え去ってしまうのだろうか、その場合消えた男根はどこに行くのだろうか、またその男根は己の一部と言えるのだろうかー謎の哲学が頭の中をぐるぐると回った。何も考えず寝ることにした。

 

2時間ほど眠ったところで、私は起床した。そして下半身の謎の違和感に気づく。

ー何故か勃起しているー

さすがの私も焦る。何故今、勃起しているのか。脳みそは何も稼働していない。言ってしまえば””NO ERO””状態なのである。エロくないのに、この勃起。目を疑う。己の男根が怖い。謎の怪物に寄生された感覚である。理解不能なこの状況に私の脳内回路はショートする

 

そして考えるのをやめた。

 

外に出てチャリを漕ぐ。無論勃起した状態で。ラーメン屋で大盛りラーメンを食べる。無論勃起した状態で。近所の百貨店に入る。無論勃起した状態で。最早「私」と「勃起」は同じもの、と脳が見なした。アイデンティティの確立である。勃起こそが我、であり我こそが勃起、「I am Bokki!!!I am Bokki!!!」と頭の中の蝶野正洋が叫ぶ。気づいたら便所の個室に入っていた。燃料を補給し、準備を整えた我がゼロ戦は大空へと飛び立って行った。

 

射精(五回目)(六回目)

超回復も甚だしいほどの射精である。人智を超えたシコはダブルスコアを達成した。ノーインターバルでのダブル射精。身体は震え、ヤバそうな汗が出たが当然無視した。その射精は無慈悲の射精である。

帰路、私の男根はまたしても勃起していた。

ー愚かだ。本物のバカだ。「何故煩悩が消え去った今、我が股間は隆起する?」我が問いに男根は答えない。『我ここに勃つ。』そう言わんばかりの勃起である。

なるほど、これがルターの言わんとしたことか、これが”改革”ってヤツなのか、私の男根は遥か時空を超え、16世紀のヴォルムスにいたことだろう。禁欲がモットーのプロテスタントが今の私の股間の膨れ具合を見たら倒れそうな有様ではあるが、私の”プロテスタンティズム”は確かにここに存在したのである。

 

長くなったので一旦ここで終わりにします。結論からいえば私はこの日2桁安打には届きませんでした。後半(書くかどうかは正直わからないが)が出来たらそのうち投稿します。

 

とりあえず買え。

みえるものばかりに とらわれると みえないものに あしもとを すくわれるよ

もう言っても平気だろう。

数年前の丁度今頃から、私はとある飲食店でバイトをしていた。金がないからバイトをする、という単純な理由で、何故そこで働きたいと思ったかと言えば単に「時給がいいから」という早計なものだった。無論金稼ぎ感覚でやるつもりだったのでモチベーションなんてゼロだし仕事もやる気なんて更々無い。当然無能で店長によく怒られてた。

そこでまぁ、ちょっと嫌な思いをした訳ですね、まぁシンプルに言えば店長に嫌われまして、職場での人間関係に苦労したのです。店長に嫌われると大変ですね、店長に媚をうる20代後半の元ヤンフリーターみたいなヒト科メスが寄ってたかって俺を虐める訳です。待っているのは露骨な嫌がらせ。俺だけ賄いが無いとかもうザラで、酷い時には舌打ちとか、目の前で悪口とか言ってくる有様であります。もう普通にパワハラの域だったんですけど、当の私は「ハハッ、今日の低賃金労働者と非正規雇用者はよく吠えるなぁ笑笑笑」と腹のなかで勝利宣言をしていたのでした(私の屈強な精神力と類い稀なる発想力の勝利と言ってもよろしいのでは無いでしょうか)。

そんな矢先に私の堪忍袋の緒がブチ切れる事件が起きましてね、まとまった金も貯まったし大学も忙しくなってきたのでそろそろ辞めようかと思いまして、店長に「来月から大学が忙しくなるので今月一杯でやめさせて頂きたく云々」と辞表を送ったんですね、

で、そうしたら次のバイトの時にクソ店長がもう嫌味という嫌味を私に言ってくる訳ですよ、何か言う度に「や、お前どうせ辞めるもんな、」と、「ま、お前は社会に出ても〜」と、なんだ道徳教育ってのは全く機能してないじゃないかと最早笑えて来るような罵声を私に浴びせてくる訳でして、いつもなら笑って「すんますぇ〜ん」っつって済ませてる私も流石にこの時だけはキレそうになりましたね。しかしまぁ、如何せん私は店長より仕事が出来ないことは自明の理であり、私が無能な事は揺るぎない事実な訳です。かといってこの理不尽に耐えろって言われたらそりゃ無理だろってことで、なにか復讐的な事をしてやろうと思い至ったのであります。アイツらがどうしたら一番嫌がるだろうかってことを四六時中考えてたんですね、そうしたら一つの解に辿り着いた訳です。

 

食べ〇グでボロクソ批判してやろ♥

 

飲食店である以上、食べ〇グという指標からは逃れらないんですね、仲の良いシェフ(この人も店長に嫌われてすぐ辞めてしまった)の人曰く、食べログが0.5違うと売上が倍近く変わってくる事もあるそうです。ああなるほど、食べ〇グってのはそんなに偉大なのかと、だったらその食べ〇グという媒体でボロっクソに、ほんとボロっっっクソに言ってやろうと、思い至った訳であります。(今考えると普通にどっかの法律とかに触れてそうではありますが、こちらもパワハラを受けていたのでそこは目には目をって事で。)

思い至ったその日から私は食べ〇グに書き込みを始めまして、家の中のあらゆる電子媒体を用いて最低評価、星1を押しまくった次第であります。ある時は母親のアカウントを使いましたり、また偶然知人が食べ〇グのヘビーユーザーだったのを知った際には、勝手に其奴のスマホを操作致しまして、容赦無く星1をつけたものでありました。加えて、口コミ欄の方には「店長の態度が横暴である」、「店長がバイトに叱ってる様を見ただけで飯が不味くなった」、これ以上は流石にバレるので伏せますが、もう兎にも角にも店長の悪口。店長のせいで飯が不味いとか、店長が不愉快で気分が悪いとか、そういうことばっか書き連ねた次第な訳です。

面白いことに、飲食業界の人間というのは食べログを逐一チェックしているようで、食べログの評価が低いと露骨にそれを気にする節が面白い程見て取れました。「食べログの口コミが最近あんまり良くねぇんだよ」とまた店長が不機嫌になり、いつものように俺に当たり、俺が食べログにクレームを寄せ、また店長が不機嫌になる、といったような無限の負のスパイラルを重ねる地獄のような日々があった事もここに記しておきたい所であります。(これを私は”食べロボロスの輪”と呼びたい。)

ある日、というか、食べ〇グが3.2を割ってから、いよいよ奴らに焦りが見え始めてそれはそれで最高に面白かったが、ここで潮時を感じた。良く知らんが、奴らにとって食べログの”3.2”というのは一種の絶対防衛ラインらしく、ここより下になると飲食店として評判がヨロしくない、との事だった。いい歳した大人がこんな電子媒体の星一つでここまでムキになるなんてバカバカしく思えたし、何より惨めに感じられた。

バイト最終日になった。私には最後の役割があった。「本日は体調が優れないので休みます。今までお世話になりましたあ(一言一句同じ文章を店長に送った)」

見事なまでのバックレである。これを送った直後、物凄い速さで既読がついたが、二度と彼奴の気持ち悪い文章を見たくなかったのでラインをブロックしてトーク履歴も消した。あの時、俺はやっとシャバの空気を吸えた気がした。人として成長できたかと問われたらあの時確実に「何か」が自分の中に起こったことは事実であり、それが今の自分の中で生きているかと問われたらそれも間違いなくyesと返せる自信がある。

あれから数年の時が過ぎた。俺は今でもバイトを辞める時はバックれるし、バイト先だろうと何処だろうと多少の理不尽を受けても流せるだけの屈強な精神力を身につけた。それは紛れもなくあのバイト先のお陰である。今では俺は寧ろあの小川という週六12時間勤務年収目算500万に満たない社会的弱者に感謝さえしている。それは今の世の中を上手く渡り歩く上で必要なスキルではないかと切に思う次第である。

 

~完~

皇帝の器

俺の性への目覚めはいつからかと言われたら、それは間違いなく小学生の頃だろう。

 

小学校の頃、俺は水泳教室に通っていた。その水泳教室は厳しいことで知られていて、根性のない俺がどうやって食らいついていったのか些か疑問に感じる人も多いと思う。引っ越す前に通っていた「コナミスイミングスクール」とかいうゆとり水遊びごっことは格が違った。準備体操の掛け声がもう体育会系で、「イイイイッ!!!イーーーー!!!ウウァァァン!!!!!ィィィイーーーー!!!!(多分準備運動する時のいち、にー、さん、しー、と言っているのだと思われる)」と獣のボイスを発していたし、6年生の兄ちゃんなんかもう身体がリアルヒクソン・グレイシーだった。

 

さて、俺が何故軍隊宛らの様な環境に適応できたか、ここいらで種明かしをしよう。1時間以上泳いで帰る時間になると、また準備運動をしてコーチが言うんですね、「君たちの身体は冷えてるのデ!!サウナとかジャグジーで充分に温まってから帰るようにして下さイイイイッ!!!」 最後獣の咆哮が聞こえたが、要するに『風邪ひかれたら困るから身体は温めとけ』って意味なんだと思う。私の目的はこれだった、いや、決してサウナとかジャグジーに入って気持ちいとかそういう話をしているのではない。それは半分正解で半分不正解である。練習が終わる。ガキが一斉にサウナ、ジャグジーに駆け込む。しかしガキに劣る私ではなかった。終わりの準備体操の時からジャグジーの良いポジションを取るために1ミリでも近い位置での場所取り、ややフライング気味のスタートダッシュをしたー 私の目的は「ジャグジー」だった。無事ジャグジーのお望みの場所を陣取れた私は早速『儀式』にかかる。ジャグジーの水が吹き出てるところに己のチンコをセットするのである。もうお分かりであろう、俺の目的は『チン=ボコ(当時俺と弟はそう命名していた)』であった。水が勢いよく噴射してる所にちんこを近づけると無性に気持ちがいいことに齢9の時点で私は気付いていたのである。最早天才という他ない。早い話、オナニーである。ティーンエイジャーのティーンエイジャーによるティーンエイジャーのための娯楽の原型がこの時俺には既に存在していたのだ。週一で味わえる、至高の一時、それは辛い練習を耐えるだけの動機を与える。飴と鞭、チン=ボコと練習、俺だけが知っている快感に小3の俺は物凄い興奮した。やがてその”秘伝の書”が弟にも伝わった。「すげぇや、すげぇや...」そう呟きながら涎を垂らして1人ジャグジーの椅子に反対向きで正座をしながら遠く先を見つめ、半身浴の体制をとる弟、それを優しく見守る兄。正しく変態であった。

 

ある日、事件が起こった。門外不出の秘伝の書が外部の人間に漏れたのである。俺と弟しか知らないはずの奥義がバレたのである、どうせあのクソガキが俺の友達にでも言ったのであろう。俺がいつものようにジャグジーに向かおうとしたら物凄い速さでジャグジーに飛び込み、噴出口にチンコを設置するあの独特のポーズを早々と取り始める友人の姿がそこにあったのだ。いや、冷静に考えてくださいよ、小学生の男女がジャグジーに浸かってる中一人だけジャグジーの外を向いてヨダレ垂らして半身浴をしてるんですよ、どう考えたって不自然じゃないですか、どう考えても「知ってる」人間じゃないとできない所業じゃないですか、そりゃその道の”開祖”の私にはお見通しですよ(因みに、この時の我々はチン=ボコの最大の弱点である”周りの人間に同化してかつ違和感を失くす”為の対策が取られており、横を向きながらさりげなくちんこのみを噴出口に当てる術を会得していた。あの姿勢を取るやつは間違いなく”初心者”なんだよな、)、もう1発で「あ、こりゃやべぇわ」って直感しましたよ、名刀の技法がバレた時の鍛治職人の顔ですよ、死、死な訳ですよ、死活問題、そりゃチン=ボコだけをモチベに1時間以上獣と泳いでる訳ですから、もう娯楽の一つや二つないとやってらんない訳ですね、パンと見世物、ジャグジーとチン=ボコ、そんな娯楽が庶民に知れ渡ったらどうなるか、その先あるのは

 

戦争

 

でした。快楽を享受しようとする男達の醜い戦争。もうジャグジーは小学校低学年の女子が集う楽園的な色はなくなり、飢えた獣の目をした小学校高学年の男達がバチバチのサバイバルバトルを繰り広げる戦場へと化したのでした。人間は醜い。一旦知った蜜の味を忘れる術はありませんでした。正に海戦。しかしそんな最中でも毎回陣地を勝ち取っていた将軍クラスの人間が3人いました。俺、弟、先程の友人、この3人でした。もうこの時になってくると我々も小学校高学年でガタイも良くなってきていたので、そのフィジカルを活かしてガキ共を駆逐していたんですね、弟も兄譲りの図々しさで毎回何故か「チン=ボコspot」を勝ち取っていました(マジで謎。あいつのどこにそんな強さがあるのか。そういえばあいつは昔から脚だけは早かった気がする。水泳はそこまでだったが。)

 

そんな時に黒船が現れた。いや、南下政策の陰か。兎に角強力な敵が現れた。ロシア人3人兄弟の出現である。あのスイミングスクールは都内のそこそこ立地の良いところにあり、外国人の多い場所で知られていた。その為、外国人が一般客として泳ぎにくること自体は珍しくはなかった。しかし、スイミングスクールに外国人が入り、剰えチン=ボコ戦争に参入する自体は我々の想像を遥か超えていた。我々モンゴロイドは、アングロサクソンにフィジカルで圧倒された。言葉が通じない上に堂々とフライングを決め、良い場所を陣取り、騒ぐ外人。幸いなことにチン=ボコそのものの概念はロシア人の知る範疇にはなかったようだが、ガキからしてみれば「ジャグジーの噴出口」なんて代物は興味の的だったのであろう、積極的にチン=ボコspotを陣取り始めた。残された道はひとつしかなかった。なるほど、戦争ってのはこうやって起こるのか、世界平和なんて無理なわけだ、幼い私はそう思った。

 

かくして、決戦の日は訪れた。いや、別に決戦と銘打つほどの諍いや格闘があった訳でもない。存在したのは変態集団とロシア人と精鋭3人の三つ巴のジャグジーの噴出口の取り合いである。いつも通りコーチが叫ぶ。「君たちの身体は冷えてるのデ!!サウナとかジャグジーで充分に温まってから帰るようにして下さイイイイッ!!!」馬鹿だ。こいつは本当に馬鹿だ。叫ぶ事しか脳のない脳筋野郎を尻目にロシア人が歩き始める。普段我々が此奴の言うことを遮って移動を始めるとブチ切れる癖にロシア人が移動を開始しても何も言わないクソ指導員、言葉の壁を感じされる。我々も柱の影に身を潜め足音を消してジャグジーに向かう。その刹那、ロシア人が我々の存在に気付く。馬鹿め、お前らと俺らじゃ賭ける想いってもんが違うんだよ、俺たちは命を賭けてんねん、あの時の俺は正にアクティウムの海戦のローマ兵であった。徹底した戦略、徹底した破壊ー結論から言えば我々は勝利した。ロシア人及び有象無象の変態は敗戦の民となった。正に俺はカエサル、そして皇帝。

来週以降、ロシア人はサウナに行くようになった。変態共も嘗ての勢力を失った。再びパクス・オナーナは訪れた。それは理想的なチン=ボコ環境であった。ジャグジーには昔のように女子小学生が集い、楽園へと化した。しかし、そんな平和なんぞすぐに終わった。数ヶ月が経ったある日、とあるババアが俺たちに言ってきた。「ウチの子にもジャグジーを使わせなさい、いつも貴方達が使ってるじゃない、

 

ズルい。」

ー民衆は瞬く間に暴徒と化し、皇帝に刃を向けた。強引に噴出口を奪う女、文句を付けて奪うクソガキ、俺たちに文句を言うババア、得てして衆愚政治の到来であった。混沌は混乱を呼び、それは次第に次の時代の到来を告げた。

 

そうこうしているうちに、俺はそのスイミングスクールを辞めた。理由は簡単で、中学受験に専念するためである。別に水泳に未練は無かったし、チン=ボコの快感よりも当時は受験へのストレスの方が強かった。

ある日、俺はチンコを弄っていた。俗に言うオナニーであった。快感は絶頂に達し、身に覚えのある快感が全身をよぎる。これは知っている。あの水泳教室で本能的に覚えた、誰かに教わった訳でもなく自力で発見した俺だけの文明であった。   「そうか、これだったのか」   ー私はこう一人呟いたのを覚えている。

 

それから数年の時がたった。俺は高校生になり、弟は中学に入学した。ある日のことである。

「なぁ、俺らチン=ボコってやってたじゃん、あれオナニーじゃね?」

 

私はこう思った。

 

(弟よ、お前もか。)

 

私はカエサルだったのだ。

 

(完)